Freestyle Work Design - フリースタイルワークデザイン -

‪フリースタイルワークデザイン(FreestyleWorkDesign)は、"フリースタイラー(Freestyler)のフリースタイラー(Freestyler)によるフリースタイラー(Freestyler)のためのブログ"。Naoto Yoshida(吉田直人)によるフリースタイル(Freestyle)とワークスタイル(Workstyle)の共創記録。将来プロフリースタイラー(ProFreestyler)として生計を立てたい人々へ向け、フリースタイルと仕事を繋げるロールモデル(参考記事)の情報発信が目的。

【フリスタライフの備忘録#002】「"それ"は確かに"価値"だった。フリスタに活かせる"当たり前=価値"を知れた"3つの体験"とは?」

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※今後、記事のテイストは修正されるかとは思いますが、まずは「3つの項目でまとめ」→「学び」という形で記事を更新していきます。

※当ブログはあくまで一個人の(現時点プロではないフリースタイラーによる)情報発信なので、参考程度にどうぞ。通学や通勤の隙間時間にお楽しみ下さい。宜しくお願い致します。

 

 

【フリスタライフの備忘録#002】「"それ"は確かに"価値"だった。フリスタに活かせる"当たり前=価値"を知れた"3つの体験"とは?」

目次:

④"当たり前=価値"は、"失ってから"or"出逢ってから"気づいてしまう。

⑤「⑴"当たり前"の何かを"失う"か"出逢う"機会を"自ら創ってみた"。」「⑵"不便"や"喜び"を知り、"認識"が変わった。」「⑶その"普段見えない価値=当たり前"を"特別見えるような価値=当たり前ではない"へ"共創デザイン"してみた。」→この"3つの体験"で"フリスタ普及の新たなアイデア"も生まれた。

⑥世の中には"普段見えない価値=当たり前"だらけ。それは、きっと"新たな価値創造のタネ"である。

 

さっそく見ていきましょう。

前回の記事を読まれていない方はまずはこちらをCheck✔️

nyfreestyler.hatenablog.com

 

④"当たり前=価値"は、"失ってから"or"出逢ってから"気づいてしまう。

 

「"あなた"にとっての"当たり前"は、"誰か"にとっての"特別"である。」

 

言われてみれば"当然"なことなのかもしれません。この"当たり前"は、普段の生活でなかなか"貴重"なこととして"認識し辛い"のではないでしょうか?何故なら、"当たり前"には"変化"がないように見え、"変化"がないものには"無価値"に見えるように"錯覚"しやすいものだからです。

 

先日、東京都のイベントにて、"フリスタを社会に役立てるためのアイデア"を30名ほどの社会人の皆さんの前で5分間プレゼンする機会を頂きました。今年は「人前で話す機会を増やす」個人的な目標があるため、これまでも登壇させて頂く機会が多く、"フリスタ"に関するアイデアばかりプレゼンしているので緊張は特にしませんでした。

 

毎回、自己紹介をする際に冒頭で5秒間だけフリースタイルの技を披露して、フリースタイルを知らない方々にも"目で見てなんとなくイメージしやすい"ようにしています。今回は、2018年から、#フリースタイルバスケットボールの普及活動をメインに力を注ぐ関係もあり、ボールを指でくるくる回す「スピン」と両腕で回す「アームロール」を披露しました。

 

さて、フリースタイルバスケットボーラーにとっては、この2つの技は"当たり前"なのではないでしょうか?心から「凄い技!」と思われましたでしょうか?答えは「NO」だと思います。

 

でも会場にいた方々から頂いたフィードバックのメモを見てみると「初めて生で見ました!」「凄いパフォーマンスでした!」とお世辞かもしれませんが、アイデアに対するコメントの他に、そのような"当たり前ではない"ニュアンスの内容が多くありました。ここに"価値が見え隠れ"していたのです。

 

"当たり前"には"価値"があります。その多くは、何かを"失う"時、例えば愛犬が旅立った時や恋人に振られた時などに、その存在の有り難さを味わいます。ただ、今回のような後者の何かの"出逢い"によって、"当たり前"の"価値"に気づくことは、多いようで少ないでしょう。"普段見えない価値"は、"当たり前"として存在しているからです。

 

⑤「⑴"当たり前"の何かを"失う"か"出逢う"機会を"自ら創ってみた"。」「⑵"不便"や"喜び"を知り、"認識"が変わった。」「⑶その"普段見えない価値=当たり前"を"特別見えるような価値=当たり前ではない"へ"共創デザイン"してみた。」→この"3つの体験"で"フリスタ普及の新たなアイデア"も生まれた。

 

今回、初めてこの"当たり前=価値"に気づいたわけでもなく、フリスタを知る前の中学2年生の頃(14年前)に、サッカーの挫折経験をしてから子供ながらに感じていました。挫折経験というのは、ベタですが膝の調子が悪く(成長痛&剥離骨折)で、伸び盛りである期間に思いっきり練習したり、プレーすることが出来ず、周りの友達や後輩の活躍が羨ましく、周りを気にしすぎて、自信が持てず、サッカーを嫌いになりかけたことです。これは"失う"機会の方ですね。ボールを蹴れるのが"当たり前"だったのに、"それ"が出来なくなってしまいました。何かスポーツをやられている方にはよくある話だとは思いますが、例としてはそのような感じです。

 

フリスタの話でいうと、2016年10月頃から運営している【Fanfrista-ファンフリスタ-™️】は、この"3つの体験"の一例に該当します。詳細は、今後新たに記事にして公開していきますが、説明していきます。

 

「⑴"当たり前"の何かを"失う"か"出逢う"機会を"自ら創ってみた"。」

【Fanfrista-ファンフリスタ-™️】は、あらゆる"失う"機会を各所で目の当たりにしてきて「このままじゃ大好きなフリスタカルチャーが…」という"カルチャーの危機感"と「何故、誰もやりたがらないのだろう…」という"普及がされづらい既存の仕組みのもどかしさ"から、"出逢う"機会の方を自ら【Fanfrista-ファンフリスタ-™️】の活動(フリースタイルの普及活動)で0から創ってきたイメージです。課題に感じていることに対しての解決策のアイデアは数年前からありますが、まだまだ実行しきれておらず、少しずつ過去のアイデアノートから、今年のこの時期に必要なことは何かを引き出してきて、毎日スケジュールに沿って、アップデートしてから世に出して(実行して)います。そのため、まだまだやるべきこと、やりたいことがたくさんあるのが現状です。

 

「⑵"不便"や"喜び"を知り、"認識"が変わった。」

→前者の“不便”は、“失う”機会で“当たり前=価値”を知り、“普段見えない価値”を"認識"した方が割と多いと思うので割愛します。後者の“喜び”を知り、“認識”が変わった“出逢う”機会の当たり前=価値”の例を挙げると、#ファンジャム「フリースタイルスクール(Freestyle School)」 があります。

 

【Fanfrista-ファンフリスタ-™️】の活動を始める前に地元の公園にて、ボランティアでフリースタイラーにとっては“当たり前”のフリースタイルフットボールやフリースタイルバスケットボールの“基礎技”を教える機会を自ら創りました。多くの子供達や大人の方々に“未経験でも成功出来る喜び”を“フリースタイラーにとっての基礎技”で知って頂き、僕も“お役に立てた喜び”を知り、“普段見えない価値=当たり前”を“特別見えるような価値=当たり前ではないとして遭遇する経験を積んできました。

 

「⑶その"普段見えない価値=当たり前"を"特別見えるような価値=当たり前ではない"へ"共創デザイン"してみた。」

→長年、フリースタイラーが"当たり前"のように行ってきた"日頃の練習(JAMや自主練)"は、実は"当たり前ではない=ノンフリースタイラーが見ることが出来る当たり前=特別見えるような価値"です。フリースタイルフットボールでいえば、アラウンドザ・ワールドやクロスリール、フリースタイルバスケットボールでいえば、スピンやアームロールなど、出来ない人(ノンフリースタイラー)の方が多いです。そして、3、4時間以上〜を平気で練習に費やす"モチベーション"がどこから湧いてくるのかも分からない人(ノンフリースタイラー。特にフリースタイラーの子供を持つ親御さんは特に)も同様に多いでしょう。つまり、フリースタイラーは、"普段見えない価値=当たり前"を、実は"日頃の練習(JAMや自主練)"を通して"当たり前ではない=ノンフリースタイラーから見ることが出来る当たり前=特別見えるような価値"にしてきたのです。

 

そのため、まずはその"普段見えない価値=当たり前"を、"当たり前ではない=ノンフリースタイラーから見ることが出来る当たり前=特別見えるような価値"に無意識にでも"共創デザイン"出来るように「毎月第4日曜日にJAM定期開催」という形で全国規模で#ファンジャム を始めてみたり、#フリースタイルフットボールスクール や #フリースタイルフットボールバスケットボールスクール などで定期的に身近な地域でノンフリースタイラーがフリースタイルを習える環境創りをしてみました。そして、新たなフリスタ普及のアイデアが生まれたのはもちろん、現在もより良い環境を目指して実行中です。

 

⑥世の中には"普段見えない価値=当たり前"だらけ。それは、きっと"新たな価値創造のタネ"である。

 

僕を含め、多くの人が何かを"失って"から"当たり前=価値"を知ります(例えば、時間やお金、そして人)が、出来れば何かと"出逢う"機会を"自ら創って"、"喜び"のある"新たな価値創造"をして、世のため人のために残りの人生を使っていきたいと思いました。

 

今日の学び:

✔️"当たり前"には"価値"がある。気づき方は2パターン「失い」か「出逢い」。

✔️"3つの体験"で新たなフリスタ普及のアイデアも生まれた。

✔️どうせなら"出逢い"で"喜び"のある"新たな価値創造"に人生を使いたい。